
第8回は、平成16年12月4日に「木と健康」というテーマで開催しました。
ゲストは高岡町にある「久富作庭事務所」の造園家、久富正哉さんでした。
久富さんは、四季の移り変わりをすぐ身近で楽しむことができ、自然の豊かさを実感できる「雑木の庭」を提案し、多くの庭を手がけておられます。
(詳しくは、「久富作庭事務所/雑木の庭でくらしませんか」ホームページで)
【以下 、講座概要】
宮崎の庭というのは、元々常緑樹の庭が多かった。そこで、「季節感を感じる庭が欲しい」ということから、ガーデニングブームなどにつながっていった。
樹木の営みというのは、新緑から緑に変わり、それが落葉していくという変化に面白みがある。今までの庭はそういう演出に乏しかったと思う。
住宅の庭というのは、建物の周りの環境をどう作るか、ということであるが、住宅の役割というのは本来「家族の憩いの場」であるから、庭もその役割の一端を担っている。緑の自然な姿での営みを目にすることで、安らぎを得ることのできる庭になると思う。
強制的に樹木の形を整えた庭はホッとしない。木が茂っている自然の姿を眺めることが、人にとってホッとすること。
それには、落葉樹を多く使うことが基本になる。落葉樹は季節感を感じることができる。そこで、「雑木の庭」作りを手がけるようになった。
雑木というのは、建築材にならない木ということである。しかし、雑木類には特徴のあるものが多い。
雑木の庭の良さは、夏は木陰を作り、本数が多いと光合成による蒸散作用の気化熱で、気温を下げる効果もある。 また、落葉樹が多いので、冬には葉が落ちて日が入るようになる。
雑木は季節によって色も楽しめる。春は新緑、(一言で新緑と言っても)色や形は様々であり、花も含めて楽しめる。夏になると深緑になり、秋には紅葉する。ちなみに、宮崎の気候は秋から乾燥するので、紅葉しても葉が汚くなってしまうことが多い(乾燥を防ぐために水まきなどに気を付ければ紅葉も楽しめる)。
また、落葉樹は枝先が細い。これが揺れるので、風を感じることができ、葉擦れの音も楽しめる。雨が降ると、しずくが葉に乗って美しい。このようなことも落葉樹の面白さである。
落葉は掃除が大変という話を良く聞く。掃除もまた見方を変えれば楽しいものである。雑木には苦痛を帳消しにするほどの楽しさがあると思う。
虫が大変という話も聞く。緑には本来虫が来るものである。樹木の量が多くなると、庭にも自然の生態系ができる。そうすると、虫の天敵もまた存在してくるのである。消毒というのはしないで済むならそれに越したことはない。虫の存在は、人がガマンできるかどうかということだと思う。
雑木が今まで庭に使われなかったのは、市場に出なかったと言うこともあるが、成長が早く管理が必要だという点が最も大きな理由である。(しかし、これも考え方ひとつである)
雑木林というのは、快適な空間である。例えば、綾町の豊かな照葉樹林に入ると、常緑なので(隙間が少なく)圧迫感を感じる。しかし、落葉樹には圧迫感がない。
また、雑木林には物語が見える。真ん中の木がまっすぐに立っていても、回りは傾いて生えているなど動きが出てくる。 日本の美意識の中に「余白」というものがある。外から見るとうっそうとした林でも、中にはいるとポッカリとした空間があると、そこに面白さがある。庭を造るときも、余白を活かした物語を持たせると面白い庭ができる。
自然の林には、「ここから見るべき」と言うような「見る方向」というものはない。360°見るものがある。庭も360°見る方向によって、物語があるように作ることができる。
一昔前の庭は裏表のない木を使ったが、これでは面白くない。これまで、庭木としては使われなかった 木には、個性のあるものが多い。そういった樹木を組み合わせることによってできた空間が美しくなるものである。
一昔前は、木の一本一本が美しかったが、雑木の庭では全体の美しさが表現できると思う。
このときの様子が、宮崎日日新聞2005年1月15日号に掲載されました。こちらでご覧いただけます。